経験者インタビュー

プロボノの魅力は
今と違うものに関われること
まだ知らないところに行けること

武末麻子さん
フリーランス(広報)
PROFILE
初めてのプロボノは約10年前、複数のチーム型の経験を経て、2023年にGRANTのプロジェクトに参加した武末さん。印象に残る2つの離島でのプロジェクトの様子やGRANTでの支援に思うことについてお話を伺いました。
※武末さんのGRANT参加実績はこちらからご覧いただけます。
「違うところに関わってみたい」がプロボノ参加のきっかけ
関西圏在住です。長年、地域メディアでデスクを担当してきました。今はフリーで出版を用いた中小企業の広報サポートをしています。

プロボノは2012年に初めて参加しました。その頃はまだ「プロボノ」という言葉が一般化していなかったように思います。私はまだ知らないことに関わるのが好きで、いつもと違うコミュニティにアンテナを張っているなかでプロボノの情報をキャッチしたように記憶しています。

最初のプロジェクトは6人のチームで事業計画策定に取り組みました。よくあるエピソードだと思うのですが、バックグラウンドや年齢、性別が全く違う人と関わって何かをする、ひとつの成果物を出すというのは難しいけれど意義深いものでした。しかし、事業計画はプロジェクトが終了すると外から見えなくなってしまいます。「本当に団体さんのためになったのだろうか?」と、達成感と共に消化不良感が残りました。

他のプロジェクトはどうなんだろうという思いが、別のプロジェクトをやってみたいという気持ちにつながりました。すべてがいい話ばかりではないと思いますし、うまくいかないことも含めて経験を重ねていきたいと思いました。
離島のプロジェクトを見つけてGRANTにエントリー
その後もチームで取り組むプロジェクトに参加。少し時間が空いて2023年に初めてGRANTに応募しました。サービスグラントのメールマガジンで隠岐の島のプロジェクトの募集記事を見たことがきっかけです。交通費の補助があり現地滞在が前提だったことに魅力を感じました。

GRANTは基本的に個人で参加する仕組みと思いますが、隠岐の島のプロジェクトは2人で取り組むことが決まっていました。私自身は取り組む単位がチームなのか個人なのかはこだわりがなく、普段とは違う領域に関わる、行ったことのない地域に行けることに魅かれます。大阪から飛行機で40分、近くて遠い町のプロジェクトであることに興味を持ちワクワクしました。

その前に参加したチーム型は、募集が半年に1度程度なので予めスケジュールが決まっています。けれども、GRANTは募集プロジェクト情報が随時更新されるので自分のタイミングでプロジェクトに応募することができる。だったらやってみようという気持ちになりました。隠岐の島のプロジェクト終了後もいくつかのGRANTプロジェクトに参加しています。
隠岐の島(島根県)のプロジェクト
最初に参加したGRANTプロジェクトは、島根県隠岐の島町の寿畜産さんの「隠岐の島の畜産イノベーションへの思いを、言語化するサポートを。」です。

支援募集記事:隠岐の島の畜産イノベーションへの思いを、言語化するサポートを。


寿畜産さんは建設会社の畜産部門です。「畜産をもっと言語化したい」という熱量はあったものの、何を、どのように言語化するのかについてはスタート時点では見えていない状況でしたので、要件を固めるところから始めました。オンラインのヒアリングでは、パートナーと一緒にこちらから「声を届けたい人は誰ですか?」などの質問を投げかけて団体さんの考えを伺いながら、少しずつ具体的にしていきました。

畜産業は役割が分担されています。生まれた子牛は9カ月くらいまで「繁殖農家」で育ち、それから市場での競りを経て「肥育農家」という牛を太らせる農家に送られます。隠岐の島の畜産は繁殖農家で子牛がたくさん生まれます。1年以内に手が離れてしまうけれど、ここにいる間はのびのび過ごしてほしい、肥育農家に行っても可愛がられる牛であってほしいという気持ちで愛情深く大事に育てています。
隠岐諸島は火山活動で誕生した岩の島で、2015年に「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」になりました。牛は放牧と牛舎を組み合わせた環境で育ちます。放牧すると牛は草を食べるから飼料代が抑えられ、山を駆けることで 足腰が強い「隠岐の牛」に育つのだそう。肥育農家からはユニークな飼育方法が評価されているようですが、一般的にはあまり知られていない情報ですし非常に言語化がしにくい。そのまま牛の価値や価格に反映されるわけではないけれど、こういったことも皆さんに知ってほしいという思いをお聞きしました。

チーム型のプロジェクトに参加した時も感じたことですが、成果物を作っておしまいとしないためには、団体さんが自走できる形に落とし込みたいと考えていました。実際に隠岐の島を訪れ、「団体さんが自走できる形」を考えたときに、団体の皆さんが「ホームページやブログは更新するのが大変だけど、インスタグラム(Instagram)はみんなが『いいね』を押してくれるから楽しくてやっている」という点に着目しました。 お母さん牛は約70頭、それぞれ顔立ちや性格が異なります。「お母さん牛に着目する」のはコンテンツとして独自性が高く、いいんじゃない?と3人の意見が一致しました 。村上さんが気負わず続けられることが何よりも大事なので、プロジェクトでは団体のインスタグラムで発信する言語を考えましょう、まずインスタグラムの記事のテンプレートを作りましょうということになりました。

今回のプロジェクトの発起人は寿畜産の村上朋恵さん、子供を育てる母親です。牛と人間の子育てに重なる部分を感じていること、お母さん牛1頭ずつの個性を喋ってもらってこちらで書き起こしました。それを元に、自身の言葉で表現し、投稿してもらい「とにかく毎週投稿することが大事です」とスケジュールを引きました。
インスタグラムで毎週投稿していくとこれまでと違う何かが伝わります。フォロワーがたくさんいるアカウントではないけれど、隠岐の島町という人口1万2000人の小さな島のほうぼうに声が届き、リアルな反応が起こり始めました。
さらにインスタグラムの投稿を出版へ
さらに、普段インスタグラムを見ることのない方、より多くの方に届けようと思うと紙の媒体の方がいい。インスタグラムの投稿を活かして低コストのウェブサービスを使って書籍を提案したところ、「やりましょう」となって、最終的には紙の書籍「週刊お母さん」を出版しました。


成果物(本)


お母さん牛のエピソードを毎週1つずつ綴るインスタグラムの投稿をそのまま原稿としました。本の冒頭、「はじめに」は村上さんの思いがぎゅっと詰まっています。

A5版28ページの薄い本ですが、本になるとインターネットを使わない方にも見ていただくことができました。気軽に手に取れる形になることで町のカフェなどのいろいろなお店に置いてもらうことができましたし、誰もが本を手に持って写真を撮ってSNS投稿ができるのは紙の本の強さです。
今はデジタルが主流の世界に変化しつつあるとはいえ、一次産業においてはまだまだ紙であることが強さを発揮すると思いましたし、自分の本業である広報の仕事としても自信を深めることができました。

お母さん牛は約15年ほどで役目を終えます。村上さんには、長く世話をしていた牛たちに最後まで寄り添いたいという思いがありました。 本は名刺代わりになりますから、こういう牛たちがいて、こういうストーリーがあって私はこういうことをしたいというのが伝わります。発信に共感する方が現れ、あたらしい企画が進んでいると伺いました。インスタグラムの投稿はスローペースですが、プロジェクト終了後もいい流れが続いていることを嬉しく思います。
プロジェクト完了後、隠岐の島町役場の職員向けに研修を行う機会があり、一連の流れについてお話しました。また、プロジェクトのパートナーとは一緒に隠岐の島を再訪したり、よい関係が続いています。

新たな気づきもありました。畜産業という言葉を知っていても中身は何にも知らないということです。繁殖農家と肥沃農家があることやお母さん牛のひたむきさなど。普段の食事でお肉を口にしながら、何も知らない現実と向き合えた機会に感謝しています。
与論島(鹿児島県)のプロジェクト
次に、NPO法人 海の再生ネットワークよろんさんのプロジェクト「活動紹介パンフレットの作成」に参加しました。

支援募集記事:活動紹介パンフレットの作成


2024年秋にエントリーしたのですが、団体さんから作成は急いでいないことを伺い、年末の沖縄滞在に合わせてお会いしましょうということにしました。

団体さんは、名刺代わりになるものが作りたいと成果物をはっきりイメージされていました。作成するうえで、掲載要素の確認はオンラインでもできないことはないのですが、与論島やサンゴを知らないと一方的な提案になるかもしれないと思い、12月に伺って対面で打ち合わせをしながら進めました。オンラインで数回お話してから現地に行って2日で完了というたいへんスムーズなプロジェクトでした。

成果物(パンフレット)

これからも自然体でいるためにプロボノに取り組みたい
長年プロボノのコーディネートをやっているサービスグラントさんにはいろいろな支援先が集まっています。団体さんがサービスグラントを通じて支援を募りたいというのは、長い間培われてきた信頼があるからこそと思います。
自分で考えた「行きたい場所」は、結局自分の偏りの中で決めているもの。でも、GRANTにはいろいろな団体さんがいらっしゃるし、いろいろなプロジェクトが載っているので、普段は自分では選ばないことや知らないことでも、ちょっと興味あることに手を挙げることができます。自分の興味の範囲で選ぶものとは全く違うことに取り組むことができるのは魅力だと思います。

私自身は、決まったところに居続けると思考が固まってきて不安になります。今を変えることは誰しも抵抗はあるものですし、興味関心は年を取れば取るほど偏ってくるもの。知らず知らずの偏りを均しておきたい、そんな思いでプロボノに参加しています。何かを一新したいとか大きく変えたいとか、そんな気負いは必要ないと考えています。
いつもと違う関わりを持ってみようという気楽なスタンス、その結果が社会貢献につながれば素敵なこと。これからもマイペースに取り組んでいこうと思っています。


※掲載内容は2025年3月取材時点のものです。
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